浅田次郎の長編小説。1994年に徳間書店から刊行され、1995年、第16回吉川英治文学新人賞を受賞。
過去と現在を地下鉄を通じて行き来し、家族の過去をたどる男、不倫の恋の行く末を描いた。
本作は、2000年にミュージカルとして舞台化され、2006年には映画化及び、アナザーストーリーがテレビドラマ化。
毎日同じように過ぎてゆく一日の仕事を終え、携帯の留守電を聞くと父が倒れたというメッセージが弟から届いていた。
伝言を消去し、家路に着こうとする真次。そういえば今日は若くして死んだ兄の命日だ。小さな衣料品会社の営業マン長谷部真次は、ここ最近頭から消し去っていた父のこと、兄のことを考え、いつものようにスーツケースを転がしながら地下鉄で移動していた。
そこで真次は、在りし日の兄を目撃する。
兄の背中を追って地下通路を抜け永田町駅の地下鉄の階段を上ると、真次の目の前に広がった光景。
それは「東京五輪」と書かれた華やかな提灯、「東京五輪音頭」を鳴らしながら通り過ぎるちんどん屋、電気屋のカラーテレビで放映されている野球中継に集う人々、そして向かい側には「オデヲン座」と書かれた映画館があり、「キューポラのある町」の大看板が掛かっている。真次はハッとし、隣の若者が持っていた新聞の日付を見る。見出しは「東京オリンピックいよいよ開催」、日付は「昭和39年10月5日」。そう、そこは遠い過去の世界、真次が父や亡き兄の思い出と一緒に忘れようとしてきた、昭和39年の東京だった。
ほどなくして真次は無事現在に戻ってくるが、後日、今度は恋人の軽部みち子も一緒に昭和21年に遡り、闇市でしたたかに生きる若き日の父・小沼佐吉に出会う。
主人公の小沼真次は、女性用下着を売り歩く平凡なセールスマンだが、真次の父親である小沼佐吉は、世界的に有名な「小沼グループ」の創立者であり、真次はその御曹司であった。
真次は父親の母や兄への傲慢な態度に反発し、高校卒業後、家を飛び出していたのだ。以来、一度も会っていなかった。
真次は、同僚であり、不倫・愛人関係である軽部みち子と共に、現実と過去を行き来しながら、兄の過去、そして、父の生き様を目撃してゆく。
大都会・東京の地中深く縦横無尽に張り巡らされた地下鉄路線。
多くの人々にとっては何の変哲もない日常の移動手段に過ぎない。
そこから逸脱し、過去に旅する主人公の真次とみち子は、図らずもお互いの絆を深めることになる。
演じる堤真一、岡本綾と一緒に、見る者も、地下鉄の轟音と共に過去へと連れ去られる。
直木賞作家・浅田次郎の自伝的要素の強い同名小説を原作に、一筋縄ではいかない父と子の愛憎や、愛する男を幸せにするために非常な決断を下す不倫相手の女心がエモーショナルに描かれる。
大沢たかおが出征直前の若者から、威圧的な父親までを一気に演じれば、真次を過去に誘う恩師役の田中泯が圧倒的な存在感で異彩を放つ。
ドストエフスキー原作の「罪と罰」の本が、堤真一と岡本綾演じる不倫の関係を象徴し、その結果、罪と罰を与えられるかの様に自らを消してしまう。
2000年に音楽座ミュージカル『メトロに乗って』として石川禅・毬谷友子主演で舞台化された。
その後この作品は劇団「Rカンパニー」に引き継がれ、2007年には広田勇二・秋本みな子主演で再演され、この模様を収めた映像は2008年にソニーの配給により日本全国の映画館で上映された。
原作者の浅田次郎は両公演とも制作発表に出席しており、2007年公演の再演に寄せて「初演は200%満足な出来栄え」とのコメントを残している。
主人公の亜紀は、年老いた母と、人前で演奏ができなくなったピアニストの夫をもつ、四十代半ばのヴァイオリニスト。
亜紀は、15年もの間不倫関係にある建築家の聡史から、誕生日プレゼントとして、沈没船から引き揚げられた古いヴァイオリンを贈られる。
不倫の関係を続ける亜紀と聡史は、家族には仕事での旅行と偽って、不倫の逃避行のようにそのヴァイオリンのルーツとなるギリシャの小島を訪れる。
民の老婆は、「そのヴァイオリンには悪魔がついている」と言う。その島の廃墟の教会で、亜紀は聖母マリアのような幻を見た上、掌から血が流れ出すという体験をする。
だが島の人々は、廃墟は「ホーラ」と呼ばれる不吉な場所で、そこに教会など存在しないという。さらにたび重なる、不可思議な出来事。
それらは神の起こす奇跡なのか、それともホーラの持つ妖しい力によるものなのか。
若くして挫折した元ピアニストの夫と痴呆の母を抱え、40台半ばの亜紀は脂の乗り切ったヴァイオリニストである。聡史は歴史的建造物の改修や復元のエキスパート。
誰にも知られずに10年以上も続いた二人の不倫関係にもかげりが見えはじめ、これが最後、全ての清算の旅になるだろうと予感しつつこの島へやってきた。
聡史が交通事故で状態は悪化し、島は嵐に遭遇して、いつ帰国できるのか見通しが立たなくなる。
長引けば隠しとおせるものではない。世間体や保身。
表面化すればお互いの家族を傷つける。黙っていれば嘘の積み重ねになる…どうすればいいのかと相談する人のいない孤独の亜紀は不安と怖れで錯乱していく。
滅びた町が生き惑う男女を誘惑する。重たい不倫という現実を背負った男と女が見たものは、聖なるものか邪なものか。神に救いを求めたい気持ちと自意識との狭間で主人公が見出すものはなんなののか。
亜紀の不倫という「神に逆らう行為」をしていることへの心の葛藤。
聖と俗が織りなすゴシック・ホラー。